定期借家制度の見直し及び今後の普及策に関する提言について

定期借家推進協議会 殿
平成14年6月25日
定期借家推進協議会
運用研究部会

定期借家制度導入の背景と経緯

ご高承のとおり、我が国の従来型の賃貸借契約は、借地借家法における「正当事由制度」などによる弊害や高額な立退き料の問題等が指摘され、国際標準(グローバル・スタンダード)とは程遠い、歪みが著しい借家市場が形成されてきた。

そこで、これら正当事由制度による弊害を解消し、賃貸住宅市場を活性化させ、低廉で良質かつ多様な物件が市場に供給されるため、期間の満了により契約が確定的に終了する定期借家制度が導入された次第である。

法案は平成11年7月に自民党・自由党・公明党の議員提案により「良質な賃貸住宅等の供給の促進に関する特別措置法案」として国会に提出された。同法案は平成10年6月に提出された「借地借家法の一部を改正する法律案」を取り込み、借家人保護規定を整え、民間賃貸住宅市場を補完するセーフティネットに関する規定を盛り込んだ法律である。

本法案は、衆議院で民主党を加えた四党の修正案が出され、四党の賛成により平成11年12月9日参議院本会議において可決、成立し同月15日に公布、借地借家法の一部改正部分については平成12年3月1日に施行された。

運用研究部会の設置

上記改正借地借家法の附則第4条にて、新法施行後4年(平成16年3月)を目途として、居住用建物の賃貸借のあり方について見直しを行うとともに、新法の施行状況について検討を加え、その結果に基づいて必要な措置を講ずるものとされた。

これは、本法が既存の借家制度を大きく変更することとなるだけに、その実際的な効果を見極めつつ、居住用の借家のあり方についてさらに見直しが必要であるとの観点から設けられたものである。

本協議会では、前述の附則第4条を念頭に置きつつ、成立した「定期借家」制度の問題点及びあるべき「借家法制」について検討するため、学者・弁護士・公認会計士・実務家からなる運用研究部会を設置し、平成13年1月から平成14年3月までの間、計5回にわたり検討を行った。

検討経緯及び制度導入の効果

運用研究部会での検討は、各委員からの発表に基づきディスカッションする方式で行った。制度施行からまだ期間が短く、制度自体が遍く普及しておらず、統計的データや具体的な争点の判例がない状況下での議論であったため、諸外国の定期借家制度との比較や独自の借家理論への本制度の構築・応用、弱者保護の議論など、必ずしも毎回、意見発表者とその後のディスカッションが噛み合わない面も多々あったことは事実である。

このような多様な議論の中、定期借家制度導入当初に期待された効果が現実にどのようなものであったか、まず以下のとおり述べていく。

1.良質で多様な賃貸住宅の供給促進

借家関係の存続期間や収益見通しが確実になるので、家族向けなどの良質な賃貸住宅の供給が期待される。  平成13年8~9月に行った本協議会加盟団体等に対するアンケート調査によれば、平成12年度における新規建物賃貸借契約件数のうち、定期借家契約が占める割合は2.8%となっており、戸建ての賃貸物件については10.7%が定期借家契約で、共同建の2.4%を大きく上回っている。

また、定期借家物件は新築の割合が高く、特に戸建てについては普通借家物件が12.7%であるのに対し、定期借家物件は26.2%と倍以上の割合となっている。

このように、徐々にではあるが、借家市場に家族向けなどの“戸建”物件が供給される傾向が読みとれる。

2.家賃水準の低下

多様な賃貸住宅が借家市場に供給されることにより家賃が相対的に低下することが期待される。さらに定期借家物件では立退き料などもなくなるので、権利金や礼金など一時金の廃止も期待される。

前記のアンケート結果によれば、定期借家物件の家賃については、下降傾向にあるとの回答が、シングル向け26.7%、ファミリー向け33.3%となっており、上昇傾向との回答はシングル向け5.1%、ファミリー向け7.5%にすぎない。

なお、権利金や礼金などの一時金の廃止については、デフレ経済下及び借手市場の現下では、借家契約の形態に関係なく、市場の需給関係に大きく左右されるので、借受希望者が少ない物件では減額又はなくなることになると思われる。

3.高齢者、転勤者の資産活用

一般の持家所有者も安心して貸せるようになるので、転勤などで空家となる持家を賃貸住宅として有効に利用することが期待でき、持家所有者の資産活用になる。  また、高齢者で広い持家に夫婦又は一人で住んでいる者は、持家を借家に出し、その家賃収入で高齢者向けの設備の整った賃貸住宅などに住めるようになる。

改正前の借地借家法の第38条において「賃貸人の不在期間の建物賃貸借」の規定が存在しており、従前から転勤者により持家を貸家として供給されていたが、今般の改正により転勤から戻った時や、“自己の住み替え”を理由に持家の賃貸が継続可能となったため、使い勝手が良くなった。

しかし、デフレ経済下の現在では、当初想定された新規物件への買替え購入の拡大(持家物件を貸付け、家賃収入を新規物件購入代に充て、市況が上昇した時に持家物件を売却する)は未だ難しい状況にある。

また、高齢者の持家住宅の借家市場への供給及び活用策については、残念ながら未だ積極的に行われているとは言い難い。この件については、国土交通省住宅局の住宅市場研究会(座長:島田晴雄 慶大教授)報告書においても、単に定期借家制度だけの問題ではなく、「個別性が強く、流通頻度が低く、価格調整が行われにくい持家住宅の評価システムや賃貸料収入に対する課税のあり方を含めて検討すべき」との提言がなされている。

4.不動産の証券化の促進等

借家関係の存続期間や収益見通しなどが明確になり、投資利回りが明示できるようになるので、賃貸住宅事業、オフィスビル事業などの、不動産事業についてその投資利回りを示して証券化し、多くの投資家から小口で資金を募集できるようになる。

平成13年9月、我が国においても不動産投資信託(J-REIT)が東京証券取引所の不動産投信市場に上場された。

この投信は、不動産(テナントビル)を主な投資対象とするため、不動産市況、金利環境等の影響を受けるが、これらのリスクを避けるため、日本ビルファンド投資法人では、キーテナントビルの「日本鋼管本社ビル」(投資比率29.46%)を2011年まで定期借家契約としている。

また、ジャパンリアルエステイト投資法人では、比率が最も高い主要テナントの「三菱総合研究所ビルジング」(投資比率18.8%)を10年間の定期借家契約としている。

このように僅かながら、不動産の証券化に定期借家制度が利用されつつある。

制度見直しに関する提言

前述のとおり運用研究部会では、5回にわたり定期借家制度を利用した賃貸借のあり方について検討を行ってきたが、この間、平成13年12月に総合規制改革会議により規制改革の推進に関する第1次答申がなされた。

本答申の「6.都市再生」分野の「(1)不動産市場の透明性の確保」の「エ.借家制度の更なる改善」で定期借家制度の見直しについて言及されており、本運用研究部会では、最終的にこの答申の個々の項目に基づき検討を行い、以下のような提言を行うものである。

提言1

居住用建物について、当事者が合意した場合には、定期借家権への切替えを認めること

良質な賃貸住宅等の供給の促進に関する特別措置法附則3条にて、居住用建物では、「当分の間」、当該普通借家契約を終了させ、定期借家契約への切替えが認められていない。

これは、制度導入当初、定期借家制度が広く一般に周知されていない段階で、賃借人が契約内容を充分に理解せず定期借家契約に切替えさせられるようなことを防ぐことから規定されたものである。

しかし、制度施行後2年余を経過した現在では、既に定期借家制度とは、期限が来たら契約関係が確定的に終了することが広く周知されている。むしろ、賃借人が自ら定期借家制度への切替えを望む場合にも切替えられないのは、賃借人にとって家賃が定期借家を活用した方が明らかに安くなるなど、賃借人の利益を損ねる場合がある。

従って、施行後2年を経過した現在、定期借家への切替えのニーズがあり、当事者間で合意が形成されたならば、切替えを認めるべきである。

提言2

定期借家契約締結の際の書面による説明義務を廃止すべきである

定期借家契約を締結しようとするときは、建物の賃貸人は、あらかじめ賃借人に対し、契約の更新がなく期間の満了により賃貸借が終了することについて、その旨を記載した書面を交付して説明しなければならず、この書面による説明義務を怠った場合には、契約の更新がないこととする特約は無効とされる。これは、当事者、特に賃借人が定期借家制度の内容を十分に理解した上で契約をすることができるようにするとの趣旨から設けられたものである。

賃貸人がこの説明義務を怠った場合には、建物賃貸借契約のうち、契約の更新がないとする旨の特約部分のみが無効とされ、同契約は普通借家契約とみなされる。

一般的な宅建業者の代理又は仲介による賃貸借契約においては、この借地借家法第38条第2項に基づく定期借家である旨の書面による「事前説明」と宅建業法施行規則第16条の4の2第3号に基づく「重要事項説明」での定期借家である旨の説明は別個のものであり、前者の説明は貸主から宅建業者が説明義務を履行する代理権を与えられ、代理人として賃借人に説明すべきものである。しかし、後者の宅建業法第35条に基づく重要事項説明は、賃貸借契約締結までの代理又は媒介業務の一環として行われている。

したがって実務上、宅建業者は定期借家物件の場合、借地借家法及び宅建業法に基づき、定期借家である旨の説明を二重に行っているのが実情である。

小泉政権の下、規制改革、規制緩和が声高に叫ばれる現在、借地借家法第38条第2項による「事前説明」はこの際廃止し、代わりに宅建業法上の「重要事項説明」あるいは借地借家法第38条第1項に基づく書面(賃貸借契約書等)の中で、更新のないことによるトラブルを避けるべく、借主に契約形態を詳しく説明させることを検討すべきである(下記文例参照)。

〈文例〉 本賃貸借契約は、借地借家法第38条に定める更新がなく、期間の満了により終了する賃貸借契約です。賃借人は、期間の満了の日の翌日を始期とする新たな賃貸借契約(再契約)を締結する場合を除き、期間の満了の日までに本建物を明け渡さなければなりません。
提言3

居住用定期借家契約に関して強行規定となっている借主からの解約権を廃止する方向で検討すべき

居住の用に供する建物(床面積が200㎡未満)の定期借家契約において、賃借人は、転勤、療養、親族の介護等その他のやむを得ない事情により建物を自己の生活の本拠として使用することが困難となったときは、定期借家契約の解約の申入れをすることができ、その場合は、解約申入れの日から1ヵ月が経過することにより契約が終了する。  本規定は、居住用の場合、将来、転勤、療養、親族の介護等の事情が生じることを的確に予測して契約期間を定めることを一般的な賃借人に期待することは困難であり、賃借人にそのリスクを全面的に負担させることは適切でないとの趣旨から設けられたものである。

しかるに、そもそも定期借家契約とは、一定の約定した契約期間につき、賃貸人は貸し続け、他方、賃借人は借り続けることを前提としている。

中途解約権を賃借人のみに認める片面強行規定の存在は、本来の定期借家契約の意に添わないものであることは明白であり、借家関係の存続期間や収益見通しが不明確になることは言うまでもない。

アメリカの定期借家制度では、特約解除権を厳しく制限している例が多いが、これは賃貸人が賃借人に反対権利として転貸権を大幅に認めており、これにより賃貸人と賃借人のリスク負担がバランスよく調整されている。

我が国の借家市場では、転貸市場が形成されておらず、賃貸人側自体が、賃貸借契約の当事者の属人制にこだわる傾向がある。

賃貸人側に対する経営意識の改革と、定期借家契約における賃借人に対する転貸権の周知、普及は車の両輪であり、今後、本中途解約権の廃止の議論とからめて検討すべきである。

提言4

長期の定期借家契約の普及を促進する観点から1ヵ月を上限とする仲介手数料のあり方について検討すべきである

定期借家契約を含む賃貸借契約物件につき、代理又は仲介を行う宅建業者が受取ることができる報酬手数料は、依頼者の双方から受取ることのできる場合又は一方からだけ受取る場合であっても賃料の1ヵ月以内の額が上限となっている。

宅建業者が定期借家物件を取り扱う場合、普通借家物件に付加して行う事務手続としては、(1)賃貸人の代理として行う定期借家である旨の書面による事前説明(2)期間満了の1年前から6ヵ月前までの間に行う賃貸借終了の通知(宅建業者が委任を受ける場合)など、借地借家法に基づく業務がある。また、長期契約を結ぶ場合、社会・経済情勢、市場予測等、適切なアドバイスが必要となる。

これらを勘案すると、宅建業者が定期借家物件を取り扱うにあたり、普通借家物件(例.契約期間2年)に比べ、手続きが煩雑な割に手数料が少ない。

このため、定期借家制度を活用して、長期間、低廉で広くかつ良質な住宅に住みたいという国民のニーズに応える多種多様な物件を借家市場へ供給するためにも、定期賃貸借建物取引の媒介・代理の報酬額について、貸借期間の配分、業務内容等を勘案した規定を設けるべく検討すべきである。

今後の普及策に関する提言

提言

定期借家の日(3月1日)を制定し、不動産業界のみならず、入居者及び家主等へ定期借家制度の更なる普及を図ること

平成13年8~9月に本協議会が行った定期借家制度実態調査によると、本制度の認知度は、仲介業者99.0%、家主87.5%であり、制度活用意向は仲介業者76.1%、家主49.7%となっており、認知度、活用意向とも高い割合を示している。

 

しかし、本制度の直接の利用者である入居者に対するPRが不十分であったので、今後は入居者及び家主等への制度の理解を更に深めるため、法施行日の3月1日を「定期借家の日」として制定し、次のような周知活動を行うべきである。

 (1)シンポジウムの開催、(2)定借活用事例集の作成、(3)パンフレット・ポスター等の作成、(4)定期借家推進協議会ホームページの作成。